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2016年11月18日 (金)

山田保徳の絵物語

Yamada57yyuurei

「戦艦大和」後書きで山田えいじさんの本名が保徳だと知る
絵物語で1955年頃見た山田保徳はあの「えいじ」さんだったと感慨深い
戦後、挿絵画家をめざして上京して、1950年代の前半は物語にを描いていた

ネットで保徳名を検索すると、次の2作があがる
1953年10月号「野球少年」、河上清作「恐怖の幌馬車」
1955年3月(頃)「痛快ブック」の「海底兵団」

以前、「痛快ブック」を読んだ時のデータからは
53年「野球少年」夏の増刊号が「痛快ブック」となっていて、中山光義「怪神島の王冠」山田保徳絵16P
55年11月号、中山光義「猛獣とたたかう」山田保徳絵5P
57年1月号、楠田匡介「魔の25時0分」山田保徳絵10P(連載探偵小説)
同年、3月、4月号に「幽霊列車」
この内容だけメモしているので再掲すると
幽霊少女があらわれると、岩井探偵事務所に調査依頼がまいこむ
「探偵と助手の六郎少年は事件を追ってタンク島の海底に
真相は、調査の依頼をした社長が多額の遺産を独り占めしようとしたことが発端
社長は争い相手の娘木村波子を誘拐し、タンク島へとじこめた
母と妹は娘を取り戻そうと、似た姿の妹を波子に仕立てて、社長の息子をおびえさせていたというわけ
ここでの山田さんの絵は線がくっきりして人物が端麗」と書き留めている

ネットでは、71年10月号の「土曜漫画」にも1作あると知れた
大人漫画に移ってからも、本名を使ったこともあるようだ

今、手元には57年3月号の扉絵複写しかないが、挿絵の絵は漫画の絵とは全く違うもの
57年といえば、1月号では栗原たかみ名で同じ「痛快ブック」に「残月笛之助」を連載している
これは漫画風の絵
「なかよし」7月号で講談社に移ってからは漫画絵はもう少しシャープになる
57年は絵が洗練されてきた頃なのだろう
53年から雑誌に絵を描いているが、その頃は普通の粗い挿絵かも知れない
そのあたりは機会を見つけて確認したい

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